読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

“いい話”がきらいだ

雑文

 “いい話”がきらいだ。ここで言う“いい話”とは例えば家族の大切さとか、友情の尊さとか、もしくは「学生の頃~~~があって今では私の嫁です」とか、老人を労わる話とかそういう類のもの全部だ。これがきらいだ。と言えば、人として何か大事なものを欠いているかのような疑いを向けられるだろう。まずその構造がきらいだ。“いい話”は既に“いい(善い)”話だと決められていて、その判断基準に従うことを要求される。そういう話を少しばかりしたいのだが、先に結論から言っておくと、“いい話”とはつまるところイデオロギー装置に過ぎないという話だ。それが必要なものであるかどうかはともかくとして。

  “いい話”に接したときの「きらい」をもう少し掘り下げてみると、どうも「反発」とか「不安」がありそうだ。家族を大切にする話。「私は家族を大切にしているだろうか?」。友情の尊さの話。「私はそのような友情を持ち合わせているのだろうか?」。……。“いい話”には常に「であるべき」が含まれている(また規範の話になってしまった)。“いい話”は実に善良な顔をしながら、その善良さ故の脅迫をする。それが気に入らない。言い方を変えれば、それは“正しさ(善い)”の判断基準の相互確認であり不断の再生産であるとも言える。そこには常に小学校の学級会のような不健全な健全さがつきまとう。既にある判断基準に行き着くために話し合い、“善良な”謝罪で終わる、人の好い顔をした犯人捜しの居心地の悪さ!( “悪役”を“善人”がやっつけてオチをつける“いい話”などはこれを如実に表していよう)

  しかし常に犯人であることを逃れられる人間はいるのだろうか。判断基準に照らし合わせて全ての項目に◎をつけられる適合製品でいられるのだろうか。“いい話”が語られ受容される空間にこういった内省は介在しない。その判断基準に照らし合わせれば、ある人は満点である人は及第点、ある人は赤点にならざるを得ないだろう。満点の者にとってみれば“いい話”は当然の話であり、及第点の者にとっては期待か不安であろうし、赤点の者にとってみれば疎外と失望になるだろう。“いい話”を前にして“よくない者”、共有され確認される基準を満たせなかった者はうつむくか取り繕ったように笑う他ない。“いい話”には、善良な顔をした疎外ないし選別の側面がある。

 ところで人が“いい話”を語り始めたのは昨日今日の話ではないのであって、古今東西にその例を求めることもできる。例えば、確か三国志演義の方だったと思うが、流浪の身にあった貴人に自分の妻を殺してその肉をふるまうという話がある。宿を求めた貴人に対し、差し出せる食事がないのでそのようにしたという話だが、これは“いい話”(「美談」と言った方がそれらしいのだが)として載ってある[1]。これに対して我々現代人が理解できない、というかドン引きできるのは、つまるところ前近代中国的な道徳(多分儒教道徳だと思うが)を既に捨て去り、過去のものとしたからに他ならない。そのような“道徳”に対して、西洋近代的な個人の尊さとかそういった価値観を持ち出して判断するからに他ならない。もしくは戦前日本の教科書には、「何某という兵士は死んでも進軍ラッパを放しませんでした」とか「〇〇はいずこ」とかいう広瀬某将軍が沈む軍艦の中で部下を探して死んだとかの“いい話”が載ってある(この辺りは戦前に初等教育を受けた人間ならば大抵知っているはず)。これらに対して馬鹿げた話だというような感想を持てるのも、要するにそういった「尽忠報国」式の価値観が戦後に否定されたからに過ぎない[2]。つまり“いい話”というのは、系譜を辿ればその時代やその社会を維持するために適合的な価値観を共有し、定着させるためのものであり続けたのではないかと思うのである。“いい話”がイデオロギー装置だというのはそういうことである。

 

 

 

[1] 確か吉川英治の小説にも引かれていて、さすがにまずいと思ったのか作者も注を入れてある。

[2] この広瀬なんとかとかいう軍人の像が東京のどこだったかの駅前に建っていたらしいが、これも戦後改革の中で撤去された。